うつ病物語 その176 「うつ病の薬を自己判断で止めたけど、私は寛解に辿り着いた」

うつ病物語

職場復帰後1年8ヶ月の診察

うつ病の薬については、このブログでも何度も取り上げているが、私は、職場復帰して一年を過ぎた頃、もう自分は薬を飲まなくても大丈夫だ、とリスク承知の勝手な自己判断して飲むのを止めた。

その後、通院は3ヶ月毎になったが、きちんと診察を受けている。医師には、「実はもう薬を飲んでないんですよ!」と言ってはいないので、処方箋は毎回出される。

…で、診察が終わった私は、会計を済ませた後、処方箋を持って薬局にはいかず、そのまま帰宅する。私は、医師に嘘をついていることになる。

投薬量の変化

休職中でMAXだった時からの投薬量の変化は下記の通り。

休職中 イフェクサーSRの75㎎を2錠+37.5㎎1錠、レメロン錠15㎎1錠、エビリファイ3㎎1錠

復職直後 イフェクサーSRの75㎎を2錠+37.5㎎1錠、レメロン錠15㎎1錠

復職半年後 イフェクサーSRの75㎎を2錠+37.5㎎1錠

復職一年後 イフェクサーSRの75㎎を2錠

復職一年3ヶ月後 イフェクサーSRの75㎎を1錠+37.5㎎1錠

復職一年8ヶ月後 イフェクサーSRの75㎎を1錠

こうして振り返ってみると、大体、半年くらい様子を見て、段階的に投薬量が減らされてきたのが良く分かる。このイフェクサーという薬は、抗うつ薬のひとつで、

『脳内の 神経伝達物質 (ノル アドレナリン や セロトニン )の量を増やすことにより、ゆううつな気持ちや落ち込んでいる気分をやわらげる働きがある』

というものだ。飲み始めた頃に、喉の渇きとか強い眠気を感じたが、その後は副作用らしきものもなく、休職中で静養していた私には合っていたように思う。

『寛解』を自覚する出来事

今思えばなのだが、私は、恐らく中程度の「うつ病」だったのだと思う。私が勇気を振り絞って出会った、生涯初めての心療内科・精神科の女性医師は、うつ病と診断されて狼狽えた私の、一体どういうレベルのうつ病なのか?という問いに対し、「うつ病の症状の感じ方は人それぞれであり、他人と比較した尺度は無い」と答えた。

当時の私は、迷惑を掛ける職場や、主原因のパワハラ上司達に対し、堂々と「私は結構重い『うつ病』と診断された」と宣言したい思いがどこかにあったが、医師のこの言葉を受けて、色々な限界を感じてしまい、そんな気は失せてしまった。

別部署に職場復帰して、再来月の7月で丸二年になるため、一からの出直しを黙々としていた私の立場も随分変わり、今では、部下の人事目標設定面接を行って評価する一次評価者になってしまった。

これまでは、私を拾ってくれたC工場長がその役を務めていたが、「〇〇の方が人のことを良く見ているし、適任だと思ったんで今年から頼むね」と引き継がれたのだ。

こんなことを任されるということは、C工場長の目から見ても私は大丈夫だと思われたからに他ならない。私は嬉しかった。

 

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