うつ病物語 その64「体調は家庭と仕事の二極化が進む」

うつ病物語

家に居る時の体調は…?

年末年始休日を過ぎ、家族からは、家に居る時の状態として、大分と体調が戻っているように映っているようだった。事実、年が明けてすぐの連休には、家族でスキーに出かけた。年を追うごとに上手になる子供達と、反対に歳を感じる自分との対比には苦笑いするしかないが、元気な子供達との滑りを楽しんだ。

しかし、こんな時でも、仕事のことが頭を過ぎると、グッと暗い気持ちになってしまう。こんなことは、うつ病を患う前には無いことだった。そりゃ世間一般の多くの方々がそうであるように、日曜日の夕方になって、「あ~明日からまた仕事か~」と思うことは普通にあった。それらの、どこか明るさのある呑気な感情ではなく、ズンとくる重苦しい気持ち。

そういうふとした瞬間は、たとえ休日前の夜だろうと、日曜の朝だろうと、いついかなる時でも脳裏を過ぎり、その度に、胸をサクッと刺されるような苦しみを感じるのだった。

そして勤務中の体調は…?

仕事に対する意欲は、最低と言えるところまで下がっていた。そんな私が毎日出勤し、それなりの仕事をこなすのは、唯一残されていた責任感からであった。

年始明け直ぐには四半期決算作業がありスケジュールはびっしりで、体調の好不調を言っていられる時期ではなく、不慣れな課員に次々指示を出してチェックしていかなければ提出締め切りを過ぎてしまう。

事前に指示されている提出期限を過ぎることは、会社として非常に恥であり、その責任は私にある、この責任感が、私を奮い立たせる最後のモチベーションになっていた。

役員Aとの関係は…?

その一方で、私の、役員Aに対する無意識レベルの拒絶反応は、一向に改善されなかった。業務上必要な最低限の会話しか出来ず、それすらも、かなり頑張ってテンションを高めてからじゃないと出来なかった。

雑談なんてもっての他で、目の前で繰り広げられる上司Bへのパワハラすれすれの雑談にも、それなりの相槌を打つのに苦労するほどだった。

向こうは向こうで、私には一定の距離を置き、直接業務指示を出してくることは少なく、その分、上司Bがあおりを食っていた。おかげで、私は気楽だと感じる反面、罪悪感も同時に感じていた。

勤務中の私の心情は…?

正直なところ、一日中、気分は沈んでいた。誰とも会話をしたくなく、電話をかけなくてはいけないこともメールで逃げ、そのメールの文面を考えるのにも長時間を費やした。

何も考えたくなく、仕事への意欲はゼロだった。残された義務感と責任感だけで、最低限の仕事をしているような状態だった。

私の体調は、家庭と職場で二極化していた。

 

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