ゼネラリストとスペシャリスト、自分はどっち???
スポンサーリンク

ゼネラリストとスペシャリスト

管理職なりたてだった40歳過ぎの頃、義理の伯父さんから諭されたことを最近よく思い出す。

「会社員、組織人はね、職歴のどこかで”ゼネラリスト”か”スペシャリスト”を選ぶ時が来る。その時に、自分はどちらのタイプなのかをよく考えて、自身の本質に合った道を選ばないと不幸になるよ。」

この伯父さんは、リタイヤした今は妻と二人、健康上の不安はあるものの、いわゆる「悠々自適」という感じで暮らしている。

誰もが知っている超大企業で仕事にのめり込み、家族を犠牲にしたことを悔いてはいるが、結果的に役員にまで昇りつめ、サラリーマンの出世としては大成功。当然のことながら、とても勉強家であらゆる分野の造詣が深い。

どんな話題で会話をしていても、必ず伯父さんの蘊蓄に繋がっていくのがちょっと面倒だが、私の両親や親戚にはない別種のオーラをまとっており、言葉ひとつひとつに深みがある。

私の妻は、親が離婚して父親の繋がりが既になかったため、義母の兄であるこの伯父さんが父親代わりの存在だった。結婚の承諾を貰いに行った時に初めて会ったのだが、「マズイ、このオジサン手強いぞ‥。」というのが第一印象だった。

○○リストどころか、うつ病で休職に

私は、総務に経理、システム管理といった分野で職歴を重ねる一方、数ヶ月間外に出て原料買付をしたり、労働組合のリーダーを務めることになったり、採用面接を担当したりと、それなりに幅のある仕事をしてきたことを評価されたのか、この会社の通例より少し早めに管理職(課長)になった。

管轄範囲が一気に増えたことと、課員が若すぎて手薄だったせいで大変だったが、これを乗り越えていけば、そのうち次長になって、50歳過ぎになったら部長になるのかな?なんていう浅はかな将来予測をしていた。

ここまでの私は、全部署を跨ぐ仕事ばかりをやってきていたせいか、自分のタイプはマネージャー職向けであり、ゼネラリストだと思っていたのだった。

しかし、その後の私は、自分の限界を超えた業務量とプレッシャー、直属役員からのパワハラで精神を病んで休職。半年後に全くの別部署で再スタートした。

病み上がりだったこともあり、最前線の現場作業からのスタートだったのが功を奏し、やがて工場の労務管理や品質管理を中心に経験を積み、課員教育や特定の専門分野を任されるようになった。

するとどうだろう。業務量は多かったしプレッシャーもあった、色んな課員が居て気苦労は絶えなかった。…が、思いのほか平気。というか具合が良い。

仲間に恵まれたことも大きかったが、役員と部署を横断する仕事をしていた頃とは違い、専門分野に特化した業務は自分の性質に合っていた。

そうか、私はマネジャー気質ではなく職人系、スペシャリストのタイプだったのか、だから調子が良くなったのか‥‥!

そう思っていたのだが、調子が良くなった本当の理由は、実は別のところにあった。

経営者=利益第一

建設現場とか工場には、「安全第一」という標識が貼ってある。しかし、現実には儲からないと安全を第一にすることも出来ない。民間企業が行う事業や会社経営は、必ず利益を出さなければならない

利益が出なければ会社は生きていけないので、経営者はどうやって利益を出すか?ということばかりを日々考え、行動している。

しかし、経営者ではない雇われ管理職、普通の部長や課長の仕事の多くは、その業務がゆくゆくは利益を出すことに繋がってはいても、○○をしたので××円稼いだ!と分かりやすいものではない。

各事業の計画立案、進捗度確認、他部署との調整、部下の管理と人材育成‥‥、こういった仕事がメインだ。売上増加、生産数量アップ、コスト削減、のような直接数字にかかわる部署はまた違うが、管理職の仕事は意外と縁の下的なものが多い。

どんな仕事に一番やりがいを感じるのか、何がモチベーションの源なのかは、人によって違う。ドカンと数字を出すこと、儲けること、これが経営者に一番響くし、高く評価されるだろう、それがやりがいになる人は多いと思う。

しかし、私は、そうではなかった。

私のモチベーションの源、仕事のやりがいは、儲けることや、経営者に評価されることではなかった。後輩達のためになること、先々に繋がること、同僚に感謝されること、そういう動きが出来たと感じる瞬間だった。

精神病を患って休職したことも人生観を変えさせたが、確かに私は若い頃から仕事上で「儲けること」や「評価点を取る」ことにあまり執着が無かった。

稼ぐことが至上命題の経営者から、少し距離を置いた立場になって仕事をしたことが、具合の良さに繋がっていたのだ。

私は50歳になって、30年以上も会社組織でサラリーマンをやってきて、ようやくそれをハッキリと自覚したのだった。

会社は、法律の範囲でしか社員を守ってくれない

企業のステークホルダーには、消費者、従業員、株主、取引先、地域社会とあるが、その中でも最大のステークホルダーは従業員だと思う。

私は、休職明け、ダメ元の気持ちで黙々と現場作業から再スタートをしていった中で、そう確信するに至った。

「サラリーマンは、待遇に見合う範囲で仕事をすればいい。力を抜くとかいい加減にやるって意味じゃないよ。仕事は全力でしっかりやる。けど、処遇以上にやることはない。自分自身や家族をないがしろにしていくら尽くしたとしても、会社は法律の範囲でしか守ってくれない。それが現実なんだよ。」

伯父さんのこの一言は、新卒入社から一貫して居場所にしてきた会社をそれなりに愛し、しかし、うつ病を患って自分と家族の人生を狂わせる経験をした私に、深く突き刺さるものだった。

歳を取ることはネガティブな面も多いけど、こんな風に自分の考え方が固まったり、共感できるようになるには長い年月と経験が必要だ。

歳を重ねると、いいこともある。

50にして天命を知る、という言葉は、こういうことを指しているのかも知れない。

スポンサーリンク

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事