思い出の曲 43曲目 久保田利伸「Olympicは火の車」

思い出の曲

類まれな個性!久保田利伸

1986年リリース、久保田利伸のデビューアルバム、「SHAKE IT PARADISE」の2曲目のナンバー。

知名度の低い曲を取り上げることも多いこのコーナーだが、これも中々のマニアック・ソングだと思う。

「クボジャー」の愛称でも知られる、この超絶歌声の人物は、とても日本人とは思えないアフリカンな出で立ちで、”ブラックミュージック”を日本向けに翻訳し”ファンキー”という概念を一般に浸透させた第一人者と言えるだろう。

久保田利伸は、大学時代の軽音楽部ロック研究会で、出会った仲間とバンドを結成、翌年には、コンテストでベストボーカリスト賞を受賞するなど頭角を現し、卒業後はキティミュージックを作家契約を結び、田原俊彦や中山美穂、小泉今日子、鈴木雅之など多くの歌手、アイドルに楽曲提供をしていった。

1986年にシングル「失意のダウンダウン」でメジャーデビュー、1988年にドラマ「君の瞳をタイホする!」の主題歌に起用された「You were mine」でブレイクし、一般層にその存在を知らしめた。

その後も、息の長い活躍を続け、1996年には、木村拓哉と山口智子が主演して、かなり流行ったドラマ「ロングバケーション」の主題歌になった「LA・LA・LA LOVE SONG」が大ヒット。2018年の今でも、固定ファンをガッチリと持つ、第一線で活躍する実力派のシンガーソングライターである。

さて、「Olympicは火の車」とは…?

この曲は、印象的なイントロから始まる、ポップで軽快、メロディラインが歌謡曲的な、久保田利伸には珍しいタイプの聞きやすいナンバーである。

タイトルにあるオリンピック。4年に一度とはいいながら、何となくしょっちゅうやっている感じもするが、この曲を初めて聞いた当時高校生の私は、このタイトルによる先入観も手伝い、オリンピック選手のことを歌った曲なのだと思った。

では、久保田利伸が作詞した「Olympicは火の車」の歌詞を見てみよう。

 

Trying 真夜中の吐息

To do what To do what To give me a dream

Trying 震えるこぶし Get on

To do what To do what To give me a dream

灯りさえも よどんでもれる

そこが奴らの 溜まり場さ

怯えた街の中から

今消える 奴らの姿

 

これは一番の歌詞だが、「Oiympic」の文字は一切出て来ない。ちょっとこれだけでは分からないので、続きの歌詞を見てみることにする。

 

Trying 街を刺激する

To do what To do what To give me a dream

Trying ガラスの風の中 Get on

To do what To do what To give me a dream

虚しさ残して 当てもなく

笑いも強がる 路地裏で

失くした明日を 捜してる

立ち上がる 勇気を求めて

Go away somewhere man…

 

私は英語が滅法苦手なので、英語部分の理解が怪しいが、どうもこれは、オリンピックの出場選手のことを歌ったのではないようだ。では、何を歌ったのだろうか?

これは大人になってから知ったが、世界的なスポーツの祭典といいながら、オリンピックには、最初の誘致合戦から始まって、選手村の整備から会場作りと、かなりの金がかかるらしい。

そこには雇用も消費も生まれ、一時的に街は潤うだろう。しかし、オリンピックが終わった後には、巨大な廃墟とともに、膨らんでいた負債に気付き、途方に暮れる人々が天を見上げる…。

高校生当時よりは幾分賢くなった自分には、この「Olympicは火の車」は、オリンピック特需で一時いい思いをした日雇い労働者とか、しばしの夢気分だった市民とか、そういう街全体を歌ったものではないかと思ってしまう。

ただ、曲自体は、少しもの寂しげではあるものの、非常に軽快で疾走感があるので、どっちの解釈が正しいのか判断するのは難しい…。

久保田利伸の数多くの楽曲の中では、恐らく異質であろう”歌謡ポップス”だが、あの美声で気持ちよく歌い上げる「Olympicは火の車」、一聴の価値はありますぞ!

 

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