うつ病物語 その97「うつ病ブログの効能」

うつ病物語

「うつ病物語」はもうすぐ100回へ

この「うつ病物語」も随分と長い話になってしまった。ブログは私にとって初めてのチャレンジであり、全くの手探りだったので立ち上げから色々と苦労したが、今のところ、毎日更新を続けていられている。

日々の来訪者は、リアルな知人の3人を含めて5~10人と、正直言ってかなり寂しいブログである。ただ、細々とではあるが、検索からやってくる人が少しずつ増えてきており、うつ病で思い悩み苦しんでいる人達に、多少なりとも役に立つように、これからも更新をしていきたい。

ブログというものは…

ブログというもの自体には、私は以前から興味を持っていた。インターネットの無限の可能性というのもあるが、個人のブログというものは、きちんとルールを守った上であれば、自分の言いたいことを好きなように述べてOKだからである。

もし誰かから意見が返ってくれば、それは嬉しいが、別に返ってこなくても、言いっぱなしでも、私にとっては満足感を得られる行為に思えた。私には、自分の文章を発信すること、それ自体が魅力的に感じられた。

振り返ってみると

なぜ私がこんな風に思うのか…、ちょっと考えてみると思い当たることがあった。私はそもそも、幼い頃や学生時代は、作文とか読書感想文の類は苦手で大嫌いだったのだが、社会人になって鍛えられているうちに、苦ではなくなってきていた。

一番大きな切っ掛けは、30歳ソコソコの時に、職場の労働組合の支部長(=職場の代表者)になってしまったことだった。支部長といっても、企業内組合なので仕事と兼務であり、何かにつけ相反する主張の折り合いをつける作業は、非常に辛く苦しいものだったが、私を成長させもした。

支部長の仕事には色々あるが、大変だったのが広報物作りである。広報物といっても、チラシやビラのようなものではない。会社側と組合で協議した内容、その議事録や質疑応答をまとめた公式文書であり、その作成には大きなエネルギーが必要だった。

なにしろ、一字一句について担当の中央執行委員からチェックが入り、更に委員長の承認も必要、場合によっては会社側の承認も必要なのである。

文章というものは、その人なりの文脈というか癖があり、私はそれも味だと思うのだが、こうした公式文書、記録として後世に残るものの場合、癖や味があってはまずいのである。読み取る人によって解釈が分かれてはいけない。誰が読んでも同じ見解、同じ事実を共有するように作文しなければならない。

この頃になると、私は自分の考えを文章にして表明する作業に魅力を感じていたが、私が必死になって絞り出した文章、もうこれ以上は無理、という文言に対し、容赦なく×や赤線を付けられるのは、大きな苦痛であり非常に腹立たしいことであった。

なんとブログには、それが一切ないのである。ジャッジされる苦痛は無しで、表現する快感だけに特化したツール、私はブログをそう捉えている。

そしてこれは、うつ病により閉じ籠った自身をほぐしていくのに、非常に有効であった。この場合は、読む人がいるかいないかは、あまり問題ではないのである。

 

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