うつ病物語 その25「医師の診断と葛藤」

うつ病物語

支えてくれる妻

翌日、半休を取って心療内科に行く前に、妻とじっくり話をした。最近は、家に帰っても食事を取った後すぐに寝室で横になるような日々だったので、会社でのことを話す機会が無かった。

妻は、私の様子が普通ではなくなってもうかなり長いことから、今日は病院の後に出社せず、家に帰ってくるよう訴えてきた。「なるべくそうするよ」と答えて病院へ向かう。

そして心療内科で心中吐露

予定では最終回になるはずだった心療内科。医師に昨日の出来事を説明する。

私「…昨日はこんな感じだったのですが、最近は自殺が頭をよぎることもあります。これは病気の程度としてどのレベルなんでしょうか?」

医師「他人と比較した尺度はありませんし、そういうことは意味がありません。あくまでのご本人の感覚が全てです。本人が死ぬほど辛いと思っているのなら、それが事実です。」

この医師の話に、私はストンと落ちるものを感じた。数値や映像では分からない病気、きっと、そういうものなのだろう。

「休職」という二文字と「診断書」

私「私は早く治したいと思っていたし、回復していると思っていたのですが、実際はよくなってはいませんでした。先生、これからどうやって治していけばいいんでしょうか?」

医師「前々から申し上げていた通り、〇〇さんは焦りすぎです。この病気を軽く考えていませんでしたか?うつ病はゆっくり時間を掛けて治していかなければなりません。」

私「…。」

医師「処方する薬を強めたり変えたりしながら仕事を続けるか、投薬プラス職場と距離を置くかの2択です。〇〇さんの場合は、休職が必要だと考えますが。」

休職…。そんなものが、この自分に訪れるとは…。今までこの会社に30年近く勤務してきたが、考えもしなかったことだった。

しかも、”交通事故にあって大怪我”とか、”ガンで手術”とか、とても大変ではあるが、堂々と人に言える理由ではない。

医師は、休養(休職)を促している。私としては非常に大きな葛藤があった。”うつ病で休職”は、本当の重症のうつ病患者の話で、自分には当てはまらないと頭から思っていたからだ。

それに休職となれば、休んでいる期間中に職場に迷惑をかけるし、復帰後は自分が苦労することにもなるだろう。出来れば休職はしたくない。

しかし、ここ最近の自分自身の調子を考えると、能力と意欲は半分以下、ついには自殺がちらつく状況である。「自分はこんなに苦しんでいるんだ」ということを周囲に分かってもらいたいという気持ちは強かった。

私「…休職というと、どのくらいの期間に…?」

医師「当面の期間として、一か月の自宅療養です。その後は、その時の状態によって判断します。最終判断は〇〇さんにお任せしますが、診断書を書きますか?」

診断書…。これにも、私は結構な衝撃を受けた。一か月。長いようだが、この病気に対する治療期間としては短いのか?しかし、うつ病と診断されて休職というのは、正直、格好の悪い話であると私には思えた。

同期や同年代の皆は、それぞれ苦しい立場のなかで頑張っているのに、自分は会社人としての落後者のようで情けなくもあった。

医師を目の前にして私は悩んだが、どの道このままではジリ貧で再起不能になるという結論に達した。私は医師の促しに従うことにした。

うつ病は脳の病気

医師「〇〇さん、自殺は本当にちょっとしたことで実行されるものです。うつ病は脳の病気、しっかり向き合って、時間を掛けて治していって下さい。」

相変わらず医師は淡々とした口調だったが、最後の言葉には熱が入っていた。この言葉は、私にとってズシリと重たかった。今までの私は、「うつ病」の表面だけを掬い取って、分かったような気になって考えていたのだった。

どこかで、自分は病気ではない、今は弱っているだけだと考えていたし、役員Aや上司Aを始めとした、職場のあらゆる場面で見え隠れする旧態依然とした精神論には嫌悪感を示しつつも、それを無意識に信望もしていたのだった。

しかし、そんな御託はお構いなしに、”うつ病”は脳の病気であり、私は病人なのだった。

 

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