うつ病物語 その138「急な役員面談」

うつ病物語

順調な経過

今回の診察で目出度く減薬になり、日常の中で、「うつ病」を自覚することも無いまま5ヶ月が過ぎた。新しい職場は何もかもが新鮮で、右往左往する場面ばかりだったが、何となくやっていけそうだなという感触を得るようにもなった。

うつ病により5ヶ月間休職していた私にとって、この復帰後の経過は、100点と言っていいくらい順調だった。

その一番の理由は何なのか…?少し考えてみたが、どう考えても、やはり、「うつ病」の原因となっていた環境から、またその相手から、完全に離れたことに尽きる。

今、夜は普通に眠ることが出来るし、たとえ夜中に目が覚めても、「ああ…、あと〇時間で出勤だ、朝からまた説教だろうか?…あ、アレはどうやって切り抜けたらいいだろう?〇〇のことは報告しなきゃいけないけど、言えばまたダメ出しから始まって最後は人格否定、また異常な反応をするんだろうな…、俺は一体どうすればいいんだ…。」というような、グルグル思考に苛まされ、眠りにつけなくなって寝返りをうち続けた挙句、朝を迎え、ズシリと重い気持ちを持ち上げて、何とか家を出るような日々は過去のものとなった。

「なんだそんなもの、誰にだってあることじゃん。」と思う方が多いかもしれない。確かに、このようなことは、それなりの責任を負った会社人なら往々にしてあると思うが、それは数週間とか、数か月の限られた期間ではないだろうか?

そして、何らかの仕事を達成した時には、それなりに認められたり、労われたりするだろうし、また自分自身でも感触を得られたりするものだ。そうであれば、たとえ辛く苦しい毎日に晒されていたとしても、それは「うつ病」という病気には繋がらない。

私の場合は、実務的に助けて貰える上司も部下もおらず、窮状を打開する策も浮かばない中、役員Aに私の人間性そのものを否定し続けられるような毎日が、2年以上に渡ってずっと続いていた。そしてついには、家族と過ごしているような一時でも、役員Aに追い込められている自分の姿がフラッシュバックするほどに重症化し、心が休まる時が無く、常に深く沈んでいるような自分になってしまった。

しかし、異動した職場では、役員Aとの接触や関わりは皆無である。加えて、それなりの恩義は感じるものの、上役として性質的に色々と問題のあった上司Aとも関係が切れた。

私は、新天地で右も左も分からないながらも、徐々に解放感を味わうようになった。勿論、異動先の職場にも課題や問題点はあり、それらも少しずつ見えてきたが、今まで如何に異常な環境下に居たかを深く実感する毎日だった。

いきなりの役員面談

11月も中旬を過ぎ、管理職は中間期の役員面談の時期を迎えていた。年初に設定した目標に対しての進捗状況がどうとかという、よくあるやつである。

2月から6月まで「うつ病」で休職していた私の場合、異動もあったしで目標設定などしておらず、私の古巣である総務に本社から移籍してきた管理職からは、今回の役員面談は実施しないと言われていた。

しかし、ある日の朝、C工場長が慌てた様子で、私のところにやってきた。

C工場長「あのさ〇〇、今日中に役員面談やるってよ。」

私「ええっ?昨日、今回は無いと総務の□□次長に言われていましたが…?」

C工場長「や、なんか急にやることになったみたいだぞ?さっき□□次長から内線があったんだよ。よく分からないけど、急いで目標設定シートを作成して準備してくれよ。」

私「あ、ハイ、分かりました」

こんなことを急に言い出すのは一人しかいない。きっと役員Aなのだ。あのクソ役員は、30分単位でコロコロと考えや指示を変え、周囲をぶん回すのを私は嫌と言うほど知っている。

私は無性に腹が立ち、同時に呆れた。

 

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