
妻の心の叫び
医師の診察を順調に終え、次は会社の上司Aへの電話…。駐車場に停めたマイカーに妻と乗り込み、ふうと一息つく。抑うつ症状が辛かった頃は妻に代わってもらっていたが、前回からは自分で電話をすることにしていた。その時の機嫌によって激しく上下する相手なので、どうしても緊張してしまうのだが、踏ん切りを付けて電話をする。
私「〇〇です、今、お時間大丈夫ですか?」
上司A「ん?う~ん、ちょっとアレなんだけど…、ああ、いいぞ。」
どうやら機嫌は普通のようだ。私は安堵しながら、運転席のシートを少し倒して座りなおし、先程の医師との話をかいつまんで説明した。
私「…で、6月1日から短時間の職場復帰をしていいんじゃないかと言われました。」
上司A「え?それはないよ〇〇、早いよ。慎重にいかないとダメだって。」
私「あ、はい、それはそう思っていますが、医者からはそのように…。」
上司A「いやいや、6月からなんて俺は認めないぞ!」
なぜか興奮する上司A。やっぱりややこしくなってきた。認めないと言われては、こちらとしては次の言葉が出てこない。
上司A「あのな、お前は今回2回目なんだから、相当慎重にいかないとダメだって。」
私「ええ、そう考えてこれまでやってきているのですが…。」
上司A「こっちの状況は変わってないんだ。お前、次また再発というのは無いんだぞ。もう後が無いんだからな。」
助手席でやり取りを聴いていた妻が、私のスマホを取り上げる。
妻「ちょっとすいません。後が無いってどういう意味ですか?この病気は、再発ありきだと思っています。こっちだって、どんな気持ちで闘病生活してきて、会社を休んでいると思っているんですか?後が無いなんてあんまりなんじゃないですか?」
妻の心からの叫びだった。身体が震えている。
上司A「え?ちょっと言い方は悪かったかもしれないけど、とにかく慎重にさ…。」
妻「病気で会社を休んでいる相手に向かって、さっきのはひどいと思います。あんまりです。なんで病気の者を追い込むような言い方になるんですか?」
上司A「そんな風に興奮されると困るんだけどね。慎重に行かなきゃダメだってことを…」
妻の一閃に上司Aは面食らったものの、”とにかく慎重に”を前面に食い下がってくる。押し音頭のようなやり取りはしばらく続いたが、少し経つと二人とも冷静になり、上司Aの口調も変わってきた。
上司Aからの提案
上司A「…会社の状況も大分変わってきているけど、〇〇のうつ病の原因となった相手は、実際のところそのままで変わっていないんだ。だから、こちらとしては、復職前に何度か会って、会社の状況やなんかを話をして、〇〇がどういう反応を示すのかを試していきたと考えている。」
妻「はい…。それはいいと思います。」
上司A「奥さんも交えて会う機会も作って、〇〇の様子を見極めた上で、よし、これなら復帰できるというところで判断をしたいんだけど、どうだろうか?」
妻が私の方を見る。私はうなづく。
妻「はい、それはこちらとしても有難いです。」
上司A「じゃあ、先ず、〇〇と二人で来週の月曜日に会って話をしたいんだけど、どうだい?」
上司Aは、前半の興奮ぶりが嘘のように、いまは収めにかかっている。しかし、話の趣旨は良く分かったし、最初からこういう話があれば、妻も私も幻滅することは無かったのだ。私は妻から電話を代わった。
私「先程はすいません、で、来週の月曜日ですね?大丈夫です。宜しくお願いします。」
電話が終わり妻を見る。妻はまだ感情が高ぶっており、憤慨している。無理もない。
私「ありがとう。俺からは言いにくい台詞だったから、本当に助かった。」
妻「そう?それならよかったけど…。」
来週の月曜日、上司Aからどんな話があるのかはよく分からないが、とにかく2人で久し振りに会うことになった。