うつ病物語 その172「うつ病を寛解した者が、今だに見たくない写真」

うつ病物語

うつ病は本当にしつこい病気

スマートフォンを長く使っていると、撮った画像が知らないうちに溜まっているのに気付き、整理することがあると思う。

子供を持つ親の場合、幼稚園前後とかの小さいうちは写真を撮る機会が本当に多く、また、子供達のこの表情や、家族の光景は一瞬なんだ、という意識が非常に強く働くので、とにかく沢山撮ってしまうものだ。

先日、時間があったので、スマホの画像フォルダをチェックして、なかなか消せない画像を取捨しながら、そんな感慨にふけっていると、むっ?と思う画像が3つ出てきた。

そのうちの2つは、いつものようにマイカー出勤している途中、空き地に停まって、5分ほど時間を潰していた時に撮った、車のフロントガラスから見える風景の写真だった。

真っ直ぐ通勤出来なかったあの頃…

心療内科に通い始めて「うつ病」と診断され、投薬治療をしながら仕事を続けていた頃、私は、マイカーで約30分間の出勤において、家から真っ直ぐ職場に着けることがなぜか出来なかった。

時間を潰すことを込みで早めに家を出て、結局、休まずに出勤するので、全く意味の無い行為なのだが、そういう手順を踏んで、ようやく出社しているような状態だった。

スマホに画像が残されていたのは、通勤経路から少し脇に入ってからの、波打ち際を眺めることが出来る場所、もうひとつは、会社を少し通り過ぎた先にある、工業団地内の脇道。

その2枚とも、写真を撮ったことは覚えていた。そして、そのどちらも、妻に向けて送信した。「悪あがき中」とかコメントを入れて送ったはずだが、こんなものを受け取った妻の心情を思うと心苦しくなる。

しかし、今、見ると、当時の心境を思い出しはしたが、リアルに辛くはなかった。どうやら、そのことはもう自分のなかで消化されていた。

もうひとつの写真は幸せ画像なのだが…

だが、3つのうちの残りのひとつは、ちょっと違う心情を喚起させた。その画像は、まだ小学5年生の長男と2年生の次男、そして息子達の運動会を見に来た姪っ子が、運動会終了後に、自宅からすぐ近くの公園で遊んでいる写真。

私は、姪っ子を連れて運動会を見に来てくれた実弟と一緒に、公園で遊ぶ子供達を眺めていて、3人揃ったのでスマホを構えて写真を撮ったもので、とても無邪気な姿を捉えたものだ。

しかし、私は当時、シャッターを押した直後、「ああ、今はこんなに幸せなのに、明日は会社なんだ…」と、ふと思ってしまい、ザクッと胸を刺されたような痛みを感じて、その後、暗くなってしまった時のことを、この写真は思い出させたのだ。

「あ~明日からまた一週間か~!」みたいな軽いノリではなく、鉛のようにずっしりと重たい感情…。

そんなことを思い出していた先日、3ヶ月毎の診察があった。医師からは、「職場復帰後、ずっと順調にきているので、次回の診察までこの調子だった時には、また薬を減らしましょう」という言葉を貰った。

私は元気になり、元の自分らしさを取り戻したと思っているが、ついてしまった深い傷は、もう完璧には治らないのかもしれない。

“うつ病は一生もの”という言葉もよく聞くが、こういうことを差しているのだろうか…?

 

うつ病物語 その171へ     うつ病物語 その173へ     うつ病物語 その1へ

コメント

タイトルとURLをコピーしました