うつ病物語 その168「”上”と”下”が上手く機能した頃と、現代の違い」

長らく有効に機能してきた、組織の「上」と「下」という概念

きっとこの概念は、昭和とか戦前とかなんてもんじゃなくて、明治とか江戸、いや、もっとずっと太古の昔から、ごく当たり前のものとして、普遍のものとして社会に浸透していたと思う。

情報や思想を統一することができ、目的も幸せも一括りに出来た時代では、支配者とその幹部、最下層の従属者に色分けすることが可能で、きっとそれが、あらゆる意味で最も効率が良かった。

支配者である「上」には権力と富が集中し、それを分け与えて保護してあげることの代償として、「下」は付き従う。従属者の生活は安定するので一族は幸せに暮らすことが出来た。面倒見の良い主人なら、もっと手厚い温情もかけてもらえた。

「上」は、健在である限りは、自分と家族を守ってくれると信じられたから、「下」は上官や王様に敬意を払い、「上」も自分の忠臣として「下」をそれなりに大事にした。「上」と「下」の関係が、ある意味イーブンで、時に美談も生まれたのは、こうした信頼関係を尊ぶ時代だったからだ。

この20年で社会の根底は変わった

では、現代はどうか。情報化社会、自己責任の時代、株主至上主義、と、バブル崩壊以降、日本経済界の概念は大きく変わり、価値観は千差万別になった。かつては重用された叩き上げのベテラン社員は、その活躍の場は新しい時代には無いかのように言われ、会社の財産なんかではなく、高コストのお荷物と表現されるようになった。

突発的な目に見える実績や、かなりの特殊能力だけが評価され、大半の従業員は、幾らでも代わりの効く”モノ”や”部品”として扱われた。

「上」は「下」に対して温情や感謝の意を示すことをしなくなり、代わりに会社規程や労働組合が「下」を守るようになったが、それらは杓子定規な運用にならざるを得ず、「上」と「下」のドライな関係性に拍車をかけていった。

そうした変化の真っただ中に居た私は、あくまで感覚的に、その風潮をあまり好ましく感じなかったが、”何となく素っ気ない気もするけど、まあ、時代の変化だよな”と思っていた。

それでも組織の強さが保たれ、競争を生き抜いていけるのなら…。

新しい時代に会社が存続していくためには…。

私が入社した頃には存在した会社内の人間関係、公私ともに面倒を見てもらったり、迷惑をかけたり世話をしたりという、良くも悪くも濃密な関係、結果的に繋がりが深くなって愛社精神を育むことになるような土壌は、目の前からどんどん消えていった。

濃い人間関係を面倒臭いものだと感じていた私自身を含めた当時の若手は、目の前の変化を好意的に解釈し、とにかく仕事だけをすればいいという風に軌道修正していった。

このように割り切ることが、大人の整理の仕方であり、平成時代での常識だった。こうして「上」と「下」の関係性は希薄になっていったが、なぜか「上下関係」だけは、変わらずに会社組織に根深く浸み込み、従業員の階級制度となっていた。

これが、うつ病発症の最大の原因「パワーハラスメント」の温床になったと私は考えている。

 

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