思い出の曲 54曲目 KUWATA BAND「スキップ・ビート(SKIPPED BEAT)」

思い出の曲

伝説のバンド「KUWATA BAND」

1986年リリース、KUWATA BANDの2枚目のシングル。

KUWATA BANDは、サザンオールスターズのリーダーである桑田佳祐が、メンバーであり妻でもある原由子が妊娠出産で休んでいる1年間限定で、「デタラメなロックをやりたい」という思いからスタジオミュージシャンを中心に結成、僅か1年弱の間に、シングル4枚にオリジナルアルバム1枚、ライブアルバム1枚をリリース、精力的な活動をしたバンドである。

しかし、KUWATA BANDと言ってみたところで、前面に出てくるのはサザンオールスターズの桑田佳祐であるため、一般リスナーからすると、サザンとの違いは見出しにくいのが現実だった。

サザンオールスターズというバンドは、1970年代後半のデビューから2018年の現在においても日本ロック界の第一線に位置する、大変に息の長いバンドであるが、デビューから8年を経た1986年においては、「いとしのエリー」などのヒット作はあるものの、まだオリコン1位を記録するシングルはない状態であった。

そんな中、「KUWATA BAND」という別のバンドでリリースした「スキップ・ビート(SKIPPED BEAT)」では、あっさりと1位を獲得し、TBSの「ザ・ベストテン」では、6週連続1位という快挙を達成した。

桑田佳祐という存在…

実は、私は、サザンオールスターズ…というか、桑田佳祐という、およそ日本というカテゴリーで大成功したミュージシャンに関して、未だに自分のなかでの評価が定まっていない。

桑田佳祐は、果たして本当に音楽の才覚が凄いのか?あの歌詞のセンスや歌い方は本当の本物なのか?それともミュージシャンとしてのキャラや音楽性が一貫していて個性が強いから独自の立ち位置を確立したのか?はたまた自己分析やプロデュース能力が図抜けていたのか…?

こういった面倒くさいことは、私もいい歳になってから何となく考えるようになったことであるが、大ブレイクを果たした1990年代以降から現在に至るまで、「桑田佳祐」は正にひとつのブランドであり、それにケチをつけることは音楽を分かっていない人として、コケにされるほどに大きな存在である。

こうした、好きとか嫌いとかを超越した存在。例えば、長渕剛とか、松任谷由実とか、矢沢永吉とか…。こういった大物中の大物は、やはり独自のオーラを纏っており、それが自分の好きなタイプではなかったとしても、凄いミュージシャンとして、認めなくてはならないのである。「桑田佳祐」は、そういう、オリジナルの1ブランドを確立した存在といっていい。

私が、音楽というものに興味が湧いて、レコードやCDにお金を使うようになって随分と経つが、桑田佳祐がリリースした音楽で、自前で購入したのは、この「スキップ・ビート(SKIPPED BEAT)」のシングルレコードが最初である。

…そして、これがきっと最後になるに違いない。

イヤイヤ、この曲で桑田佳祐のことが嫌いになった訳では全くない。この曲の、明らかに狙って「スケベ!スケベ!」と連呼するノリには、まだまだ幼稚だった自分にとっても痛快なことこの上なく、いやいやスゲー曲だな、と、脱帽した思い出の1曲である。

しかし…、である。桑田佳祐のことは今でも決して嫌いではないし、むしろ好きな方のアーティストではあるが、もう、彼の音楽を自腹で購入することはないだろう。

KUWATA BANDとしての音楽活動で何かの殻を破ったような桑田佳祐は、その後、活動再開したサザンオールスターズでビッグヒットを連発するようになった。そして、本人達の意向とは別に、先に述べた、サザンのブランド化が進行した。

日本屈指のビッグバンドとして、アーティストパワーも、セールス面でも、ずば抜けた実績を残すようになったサザンオールスターズ。しかし、楽曲的には、どうにも彼ららしい旨味がどんどん無くなっていったというか、「シュラバ★ラ★バンバ」のような、ちょっと癖のある曲でも、小手先で狙ってやっているような感が強くなったように個人的には思っている。

…サザンのファンの方、ごめんなさい。こんな風に思っているのは、私一人かもしれない。しかし、音楽との相性というか、感じ方というものは、実に気難しく、時に大胆にその形を変えるのだ。人付き合いに似ているな…と、50歳を見据えるようになった私は、思うようになった。

 

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