名作漫画紹介 9冊目 おおひなたごう「目玉焼きの黄身 いつつぶす?」

名作漫画紹介

タイトルだけでは中身が想像しにくい!

2012年~2018年まで月刊コミックビームで連載。2014年にはアニメにもなった。

食事に対する細かい拘りが強すぎるあまりに、ついキレてしまう、ややサイコパスな青年と、そんな変人が彼氏で苦労する女性を主人公に、巷に溢れる様々な、”食事をする時のその人なりの楽しみ方”に疑問を投げかけ、一応解決する漫画。

第一話は、「目玉焼きを食べる時、黄身をどのタイミングでつぶすのか?」がテーマ。主人公「田宮丸 二郎」は、彼女「みふゆ」と初めて迎えた朝、用意してくれた朝食の目玉焼きを前に幸せを噛みしめつつ、黄身を箸でつついて決壊させ、醤油を垂らし、ご飯と一緒に堪能していると、目の前で信じられない光景が広がっていた。

 

二郎「みふゆ…、なんだ?その食べ方」

みふゆ「あ、これ?」

彼女のお皿は、周りの白身を食べて、最後に黄身だけが残っている状態だった。

みふゆ「あたし、黄身は最後に食べるの」

そう言ってパクっと一口で黄身を平らげるみふゆ。

二郎「みふゆ、お前!黄身ひと口って、なんて勿体ない食べ方を!白身や付け合わせを黄身に絡めて食べた時の旨さを知らないのか?」

みふゆ「ん~知らないワケじゃないけど、あたしはずっとこの食べ方だなあ。黄身つぶしちゃうと、お皿が汚れるでしょ?それがイヤなの」

二郎「さ…皿が?そんな理由で?」

みふゆ「(ちょっとムッとして)そんな理由ってなによ?」

思わず口をついて出た。

二郎「おまえ…、バカか?」

― 気が付いた時には、みふゆは居なかった ―

 

これが第一話。目玉焼きなんてその人の好きに食べればいいのだが、目玉焼きに限らず、この主人公は、自分のやり方がベストだと信じており、それ以外の食べ方を見ると、反射的にキレてしまうのだ。こんなヤツ、付き合いずらいことこの上ない。

そして第三話は、「ライスとルーが半々に盛られた半がけカレーの正しい食べ方」。ライスとルーの境目から食べ進めるとライスとカレーが分断され、”モーゼの海割れの奇跡”状態になることを悩む二郎。

一緒にカレーを食べに行った職場の後輩である大貫は、それなら「全部混ぜる」か「全がけ」すればいいと答えるが、二郎は、全部混ぜるのは論外と却下、全がけについてもクレームをつける。

 

二郎「全がけは分かるが…、店では見た目がキレイだからか知らんが、殆ど半がけだ。全がけでは提供してこない!」

大貫「アレがあるじゃないっスか、カレー丼!」

二郎「うむ…、アレはアレでうまいとは思うが、ルーを蕎麦の出し汁で伸ばしていたり、トロみがついていたりと…、やはりカレーとは別物と考えたい…」

大貫「となると、あとは、別々の容器で提供してくる店っスかね?お好みでかけられますから、全がけし放題っスよ!」

二郎「ところがだ…、別々に出てくるカレーは高いというイメージが俺を悩ませる!たかがカレーに千円以上出せるか!」

大貫「フーン(面倒くせえなあ、この人…)」

 

私は、このくだりを読んで、二郎のあまりのバカバカしさに噴き出してしまった。

グルメ漫画ではなく…何漫画?

主人公「二郎」のキャラ設定は極端だが、この後も、誰しもが多かれ少なかれ思い当たるようなネタが続き、読み進めていくうちに、変人の二郎に何となく共感している自分に気付く。

見た目は可愛いが、二郎と付き合うくらいだから実は結構な食オタクの彼女「みふゆ」との仲も、上手く食ネタが絡みつつハラハラさせる展開で、恋愛コメディの一面もある漫画だ。

それにしても、こんなニッチなテーマを題材にした漫画作品がヒットするのは、日本という国、また日本人が、成熟して多種多様に複雑細分化しているからに他ならない。

これがもし30年前だったら、こんなテーマで漫画を発表しようと思う作者も、そしてそれを認める編集者も居なかっただろうし、例え登場しても、ごくごく一部のマニアを除いて先ずウケない漫画だったと思う。

私が還暦を迎える頃には、一体どんな漫画が流行っているのだろうか?この「目玉焼きの黄身 いつつぶす?」を読んで、そんなことを考える自分がいた。

 

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