平成の恋愛結婚事情をザクっと切り出した漫画!
2014年~2017年に月間漫画誌「Kiss」で連載された東村アキコの漫画。
マズマズ美形に入る容姿に恵まれ、社会人として立派に生計を立て、若い頃にはそれなりの恋愛経験がありながらも、その後はなぜか恋愛や結婚をすることが出来ず、33歳になってしまった女子3名が、2020年の東京オリンピックを一人(または親と)見るのは嫌だと一念発起し、婚活というか恋活?に帆走するギャグ色が強いコメディ…、なのだが、本線は決して笑えない展開が続く重たい漫画。
友情で結ばれた33歳女3人組の主人公「倫子」は、売れっ子とは言えないネットドラマ中心の放送作家とはいえ、”先生”と呼ばれる職業に就き、弟子一人を抱えるプロとして立派にやっているのだが、いつものように居酒屋で遠慮のない女子会を大声で開催していた時に、一人のイケメン青年がイチャモンをつけてくる。
「いい歳して、”痩せたら”、だの、”好きになれれば”だの、何の根拠もないタラレバ話で、よくそんなに盛り上がれるもんだよな…。オレに言わせりゃ、あんたらのソレは女子会じゃなくてただの…行き遅れ女の井戸端会議だろ。」
イケメン青年「KEY」は、既にブレイクしつつあるモデル。確かにカッコいい25歳男子だが、口を開けば正論過ぎる一言が殺意すら宿る鋭さで、33歳女子3名にとっては天敵とも言える存在に。しかし、なぜか「倫子」に絡んでくる「KEY」。そして、他のタラレバ女子2人にも、心かき乱す出来事が起こり、3人娘は泥沼の男事情にはまり込んでいくのだった…。
「タラ」と「レバ」
あの時、〇〇だっ”タラ”…、いや、こうしてい”レバ”…、という「タラレバ」は昔からよく言われてきたことで決して珍しい言葉ではないが、それだけに誰しもが思い当たる場面がある。ま、ある意味、人生そのものかもしれない。
私はまだ50年生きていないので、こんなことを言うにはまだまだ若輩ではあるが、およそ半世紀に渡る人生の中で、その後を大きく左右する決断の局面というのは、実は案外と多くなかった。
何と言っても筆頭は結婚相手を決断した時、そして次点は就職先を決めた時である。どこに進学したとか、どんな部活動をしたとか、誰と付き合ったとか、場面場面での細かな選択肢、「タラレバ」は色々あるにはあったが、先に挙げた2つに比べれば些細な事だ。
そうなのだ、結婚相手と就職先は、自分の人生そのものに非常に大きな影響を与える…というか、その後の人生の全てが決定されると言っても過言ではない。そしてどちらも、下手を打ったからと言ってそう簡単には方針転換出来ないことが共通している。
そんな重要な決断が、まだまだ何事も分かっていない20歳代に訪れるのである。こんなの、後々振り返って納得のいく判断が出来たとすればそれは奇跡に近く、殆どは若気の至りか、何かに流された上で決断する羽目になっている。
完璧な彼のはずだったが…
この作品で、特にグッときたエピソードを紹介する。
主人公「倫子」は、「KEY」の他、騒々しい周囲に振り回される中、ある男性と知り合う。その男性は、細マッチョで映画BARのマスター、見た目も爽やかでイケメン、優しく倫子に接する上に手料理を振舞うサービス精神を持ち合わせ、身体の相性も最高、という、脚本家である倫子にとって、およそ欠点のない相手だった。
正に完璧と思われる相手。彼との幸せな将来を確信して走りだした倫子だったが…、そうはならなかった。
彼は、映画マニアが高じるあまり、付き合っている彼女に、往年の映画女優の髪型を強く勧めたり、常に映画オタクなトークとノリで束縛する男だったのだ。
「そこさえ我慢すれば…!アンタ脚本家なんでしょ?彼や旦那の趣味が映画なんて最高じゃない!後は完璧なんでしょ!」
親友達にそう追及され、倫子自身もそこには強く同意するものの…。
苦悩した倫子だったが、どうしても引っかかりを拭えなかった。そして彼は、倫子が脚本家になった切っ掛けの一番好きな映画を否定した。彼とは”感性”が違うことを実感した瞬間だった。
後悔しながらも別れを告げる倫子、彼は取り乱すこともなくスマートにそれを受け入れる。そんな倫子の前に、「本当にこれでいいの?この人を逃がしちゃダメ!」というタラレバの幻想が現われる。
…人によって結婚相手を選ぶ優先順位は違うと思うが、私の場合は、この時の倫子に強く感情移入した。
人それぞれではあるけれど…
カッコいいとか高給取りだとか、スタイルがいいとか可愛いとか、ハナシが面白いとか料理が上手いとか、ファッションセンスがいいとか、そんなことじゃないのだ。そんなものは、全てオマケ、オプションである。あればラッキーくらいのものだ。
では、優しいとか、頼りがいがあるとか、包容力や癒し力があるというのはどうだろう?…うん、重要なパラメータではあるけれど優先順位はそこまで高くない。やはり、人と人を結びつけるのは、”感性”が合致した時なんじゃないだろうか。
特に異性間においては、ましてや結婚の場合は、生活力とか親とか、他の要素に目を奪われがちになるが、そんなことよりも相手の人間性や感性が、自分との組み合わせで上手くハマるのかどうかを悩んだ方がいいと思う。
東京タラレバ娘
この「東京タラレバ娘」を読めば、自分のショボい人生観と恋愛観に深みが加わること必至。20歳代から40歳代くらいの男女全てに読んでほしい漫画だ。
作中終盤では、ずっと意味不明だった「KEY」の謎も解け、フィナーレは気持ち良く、ギャグのくせに重たかった物語を丁度良い角度で着地させてくれる。
準主役級の「タラ」と「レバ」の幻想による鋭い突っ込みがちょくちょく刺さって読者は痛みを覚えるが、作者の卓越したサジ加減のお陰で、なんだか妙に笑えてくるし、唸らされるし、結果、とっても面白い。
もうすぐ元号が令和になるが、特に大都市圏における平成の恋愛結婚事情を切り出した、とても現代的な漫画だと思う。