思い出の曲 38曲目 TRF「GOING 2 DANCE」

思い出の曲

1990年代最大のムーブメント

1993年リリース、trfのファーストシングル。

trfとはダンスを中心とした5人組のグループで、本名は「TK RAVE FACTORY」、プロデューサーは言わずと知れた小室哲哉である。

ブレイクは次作の「EZ DO DANCE」なのだが、その後は慎重かつ着実にヒット作を重ねていき、1995年1月から3月までの3ヵ月連続でリリースされた「CRAZY GONNA CRAZY」「masquerade」「Overnight Sensation」の3大ビックウェイブでトドメを刺す。

このムーブメントは凄まじく、私のようにリアルで体験した人は分かってくれると思うが、こんなにドカンときて、trfはこの先どうなってしまうんだろうと心配すらしてしまうほどだった。

しかし、その心配は、違う意味で現実となる。「Overnight Sensation」のリリースから僅か5ヶ月後、trfの生みの親である小室哲哉はglobeという真新しいユニットを結成して「Feel Like dance」でデビュー、あれだけ隆盛を極めたtrfであったが、小室哲哉がglobeに注力するのと時を同じくして、表舞台から嘘のように消えていった。

trfを教えてくれた友人A

中学生の同級生で麻雀仲間であった私達も、trfが流行った頃は20歳を過ぎ、各々車を乗り回す身分になっていた。そんな頃、それほど頻繁には遊びに来ない友人Aが、真っ赤なスープラに乗って私に家にやってきた。

車自慢もソコソコに、スーパーファミコンのストリートファイターⅡで熱い対戦を繰り広げる私と友人A。しかし、この時は私の方が慣れていたこともあって、大幅に勝ち越していた。

勝負がひと段落した頃、友人Aが「〇〇、これ聴いてみ」とおもむろに出してきたCDが、trfのデビューアルバムだった。

へえ~と相槌を打ちながら聴いてみる。正直、一聴した段階では、いいとも悪いとも分からなかったが、「新しい何か」というのはビシビシと伝わっていた。次の日、私はさっそくCDを買いにショップに出向くのだった…。

ムーブメントというものは、若者の旺盛な好奇心と行動力によってのみ生み出されるのだろう。少子高齢化が叫ばれている日本には、この先、こうしたムーブメントは果たして起きるのだろうか?当時はそんなことは考えもしなかったが、今、振り返ると、こういうことだったんだと良く分かる。

それにしても、この友人Aは、仲間内の中でもかなり変わったタイプで、何かにつけて天才肌の男だった。目端が利くし、凝り性で、器用だった。この時は楽勝だった、「ストリートファイターⅡ」も、少し後に対戦した時には、押され気味の互角になっており驚かされた。今はどこでどうしているのやら…。

不遇の存在…trf

しかし、あんなにバカみたいにCDを売りまくったのに、その舌の根も乾かぬうちに全部globeに上書きされ、今となっては、音楽的にも語るのが恥ずかしいような存在になってしまったtrf。

世間ではどうか知らないが、私は圧倒的にglobeよりtrf派(ただしトランスっぽい初期限定)である。

 

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