ロックバンドとしての渾身の一曲‥‥安全地帯「熱視線」
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玉置浩二の苦悩する顔を堪能できる代表曲

1985年リリース、安全地帯8枚目のシングル。

私が本格的に安全地帯にハマっていくのは、「ノーコメント」からになるが、安全地帯という存在を初めて知ったのは、この「熱視線」だった。

「ワインレッドの心」に続いて「恋の予感」がヒットしたことにより、既にテレビのベストテン番組の常連だった彼らだったが、リーダーの玉置浩二ですら一言二言の朴訥としたコメントをするばかりで、まるで色気のない5人組。

しかし、いざ歌唱シーンとなると、その唯一無二のボーカルと卓越した演奏でレコードと寸分違わぬ仕上がりを再現、時にはレコード以上のサウンドを披露していた。

初見だった私は、歌唱中の玉置浩二の苦悩した表情が印象に残り、絞り出すような表情で辛そうに歌うボーカルと、坦々と音を刻む華の無い演奏陣。

曲や音は好みだけど、地味なバンドだなというのが第一印象だった。

ロックバンドとしての渾身の一曲「熱視線」

さて、安全地帯としては、「ワインレッドの心」で大ブレイクを果たした後、次のシングル「真夜中すぎの恋」がベストテン10位レベルのボチボチの売れ行き。

そのシングル2曲を収録したアルバム「安全地帯Ⅱ」はドーンと売れたが、そこからシングルカットした「マスカレード」はファンが反応しただけと、「ワインレッドの心」以降はパッとせず、このままでは…という、じわじわと一発屋の危機が近付いていた。

しかし、JALハワイキャンペーンCM曲に採用された「恋の予感」がオリコン売上43万枚の大当たり。

安全地帯は2本目の満塁ホームランを放ち、ここにきてバンドとしての土台を確立した。

その次のシングルが、今回取り上げている「熱視線」なのだが、この曲は、やっと成功した自分達をこのまま繋いでいくということ以上に、安全地帯というロックバンドとして、そのアイデンティティを賭けた勝負曲だった。

「恋の予感」と「熱視線」の違い

前作「恋の予感」は大ヒットして安全地帯を救ったが、この曲は基本的にピアノ曲であり、ボーカルとピアノがあればその魅力を十二分に発揮することができた。

逆に言うと、演奏力やアレンジに自信と拘りを持つ、ドラム、ベース、ギター×2編成のロックバンドが、シングルで出すタイプの曲ではなかった。同じミディアム・バラードでも、ギターサウンドが効いたワインレッドの心とは、曲の成り立ちが全然違うのだ。

確かに、「恋の予感」は、後に多くのアーティストがカバーしたほどの名曲ではあるが、玉置ソロで完成する曲。この曲のおかげで安全地帯は一発屋を回避できたものの、バンドとしては逆にピンチだった。

更に、彼らの実力を見出してバックバンドとして引き上げた恩人、井上陽水の影(「ワインレッドの心」「真夜中すぎの恋」「恋の予感」の作詞は井上陽水)を振り切り、真の意味で独り立ちしたいという思いも大きくなっていた。

次のシングルは何としても、本当に自分達だけのもの、しかもバンドサウンドで成功を…、と意気込んで作られたのが、この「熱視線」だ。

スカッとしたイントロとツインギターの絡みで始まるこの曲は、本当に非の打ちどころないポップス(歌謡曲)で、当時随一のニューミュージックだった。

凝ったサウンドと乾いたボーカルの相乗効果、同世代のパートナー、松井五郎の作詞も相まって、緊迫感と妖しさを存分に漂わせるのも安全地帯ならでは。

他には無い唯一のものを、彼らはついに作り上げたのだった。

安全地帯のキャリアはここから始まった

これで3度目のヒットを放った安全地帯は、次の「悲しみにさよなら」の大ヒットで完全に大物バンドへとランクアップした。

が、この「熱視線」の成功と手応えはバンドの求心力を保ったはずだ。もしこれが無かったら、安全地帯は早々に瓦解し、玉置浩二がソロアーティストとして活動していく未来になっていたかもしれない。

…と、途中からは私の想像も多々入っているが、そう考えると非常に感慨深いものがある。

「ノーコメント」後に、この曲を知った私は、後にこの曲の凄さを再認識し、安全地帯の全シングルで一番のお気に入りナンバーになった。

ちょっと残念なのは、その後の安全地帯がついにこのような曲調のシングルをリリースすることはなく、現在に至っていることだ。

ちなみに、この時代のシングルは、2010年にまとめて新録されており、「安全地帯HITS」としてアルバムになっている。

で、この「熱視線」だが、2010年バージョンの方は、特にヘッドホンで聞くと様々な音の輪郭がくっきりしていて新しい発見があり、ボーカルの方もややしっとり目に歌っていて、それはそれで聴き応えがある。

しかし、やはりあの時代にあのシチュエーションでリリースされた、鋭利で乾いた感じは消失しており、少々残念だった。

何でもそうだが、”その瞬間”の貴重さは、少し後になってから気付く。

 

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